「宿題やった?」は逆効果。偏差値トップ層の生徒たちに共通する「学力アップにつながる共通点」

なぜの木

こんにちは。スマイルコードの徳増です。

「宿題やった?」 「早くやりなさい!」 「なんでまだやってないの!?」

ご家庭で、ついこんな言葉をかけてしまうことはありませんか? 親心としては当然の焦りですよね。でも、正直に言います。実はこの声かけが、子どもの一番の伸びしろを奪ってしまっている「かも」しれません。

先日、難関校に見事合格したK君、S君、そして高校進学後にトップの成績で活躍しているH君の3名に、普段の学習や生活についてじっくりとヒアリングを行いました。

彼らのタイプは一見バラバラです。K君とS君は受験ギリギリまでスマイルコードに通い続け(大丈夫か!?)、H君に至っては塾にも行かず、受験直前までうちの教室でプログラミングをしていました(大丈夫か!?)。 代表の私の方が「いや、うちより塾に行った方がいいんじゃないか!?」と本気で心配したくらいです(汗)。

しかし、彼らと話しているうちに、私はある「共通点」に気がつきました。今回は、少し私の個人的なこだわりも交えながら、彼らが共通して持っている「学力の正体」について紐解いてみたいと思い記事にしてみます。

今回はあくまで「学力」というテーマに則っていますが、私としては学力アップのための手段が「自分の好きな事」に関連したスキルを伸ばす手段とも共通している。と感じました。

勉強が全てではないというのは明らかですが、彼らの取り組む姿勢のうち、参考になる点が1つでもあれば幸いです。

「子ども」ではなく、一人の「人間」として扱う

まず、彼らの土台の共通点として、親から「子ども扱い」されていないという事実です。

K君のご家庭は、幼い頃から「自分でできることは自分でやらせる」という方針でした。電車やバスでお出かけする時の切符の買い方も、乗り換えも自分で判断する。通常、子は親に付いていくという場面だと思いますが、自力でやらせて見守っていたようです。 うちの教室でも、お休みや振替の連絡は保護者の方が相談に来られるケースが殆どです。しかし、K君もS君も、予定はすべて「自分の口から」直接私に伝えに来ていました。

「来週は部活の試合があるので○時間遅くなります。すみません。」

「今月は○日は家族の予定があるので休みます。代わりに○曜日に来ても大丈夫ですか?」

もちろん彼らも完璧な大人ではありません。おっちょこちょいで抜けていて忘れ物だってします。子どもらしくて可愛い部分もたくさんあります。でも、忘れ物をしたら自分の足で取りに来る。「忘れ物をすると自分が大変な思いをする。だから次から気をつけよう」ということを、中学校までの間に身をもって、痛い目?を見ながら学ぶ事を積み重ねたのです。

自分で決めた事、始めた事への責任は自分で取る。 起こりうる全ての結果は、自分の責任である。

親御さんは、何かあっても「何やってるの!」「しっかりしなさい!」と口出しせず、「自分で考えて責任を取ればそれでいい。」と見守るだけです。H君のご両親も、「宿題まだ終わってないでしょ!早くやりなさい!」という命令(コントロール)は一切せず、「今どこまで進んだの?」「提出日はいつなの?」という『進捗の確認』だけをしていました。

この「一人の人間として認められている」という土台が、少しずつ彼らの自立心を養ったのだと感じました。

「わからない」がタイトルではない、 質問の「質」の違い

学習面においても、彼らには明確な共通点がありました。

それは、「自分の頭の中を言語化する能力」が高いということです。

うまくできた時も、「どういう仕組み?」と質問しても、彼らの口から「なんとなく」という言葉は出ません。場当たり的な回答ではなく、論理的な説明ができます。

また、問題に直面しても「わからない」「面倒くさい」と投げ出さないことも共通していました。

私は教室で、「先生、わかりません!」とただ答えを求めるだけのヘルプを良しとしていません。良しとはしていませんが、めっちゃ多いです。

誤解されたくないので私の考えは、「わからない」は最高の素材。「わからないと安心して言える環境はすばらしい」。ただ、「わかりません」という言葉で「解決」しようとしない。というものです。

教室での勉強を通して「理解」をより確実なものにするための「確認」ができるようになるといいな、と考えています。

彼らはそれをやってのけます。「ここまでは分かるけれど、この部分がなぜこうなるのかが分からない」と、自分の現在地を正確に言語化する。私から解説を受けても「へぇ」では終わらず、「なるほど。〇〇だから〇〇になる、そういう事ですか?」と、自分の言葉に置き換えてぶつけてきます。

答え「だけ」を知っても、その先に理解はありません。「わからないことがスタート。質問よりも確認を」。彼らはこの本質を、素直に受け止め、日常から当たり前のように実践しているのです。

とはいえ、「わかりません」という質問が出ても全然いいんです。大事なのは「段々とできる様になっていく」という過程を飛ばさないことです。教室ではいろんな子のいろんなペースに合わせて先生側が指導を調整していくのが最も大切な事ですから。

理解と理解が繋がり、自分の言葉で説明できた瞬間。私はこれを「悟り」と呼んでいます

少しマニアックな話をさせてください。

プログラミングの世界には「データベース」というものがあります。色々なデータを区分けしてしまっておく「タンス」のようなものです。そして、別々のタンス(データベースAとB)の繋がりを作る「リレーションシップ」という仕組みがあります。

トップスとボトムス、別々のタンスからセットアップのスーツを探すのは至難の業です。(セットアップは別々にしまわない、というのはここでは置いておいて💦)でも、それぞれに「001」というタグ(紐付け)をつけておけば、トップスを手にした瞬間、迷わずセットのボトムスを探し出せます。

人間の記憶も、これと全く同じです。

ドイツが好きで歴史を調べたK君。ドイツを学ぶ(データベースに格納する)うちに、フランスとの繋がりが見えてくる。するとフランスも調べずにはいられない(新たなデータベースの誕生)。そして何かのキーワードをきっかけに、ドイツとフランスのデータベースが頭の中でガチッと繋がる(リレーションシップ)。

この「理解の連動」が起きた時、学ぶことは快感に変わります。私はこの状態を「悟り」だと思っています。誰かに評価されるためではなく「自分が知りたいから、穴を掘り進める」という自分軸の学びです。

実はデータベースに例えるとタンスはテーブルになる可能性があるので、ちょっと失敗だったかなとここまで書き進めて思いました。

仮想の友人に説明し続けた私の学生時代

ここで少し、私自身の話をします。 私は学生時代、5教科250点満点のテストなら「200点」をスタートライン(ゼロ)として勉強していました。苦手な社会(地理)は気合いの丸暗記でカバーしていましたが、どうしても好きにはなれませんでした。

一方で、得意だった数学はどうしていたか。 私は、数学が苦手な人が「完全に理解できる状態」になるまで、目の前に「仮想の友人」を座らせて、彼になったつもりで自分の説明を自分で聞くという、ちょっと端から見たら怪しい練習を繰り返していました(笑)。いろんな角度から見て、自分が納得できるまで言語化のテストをしていたんです。

大人になった今、私は突然「哲学」にドハマりし、哲学者の生きた歴史を調べることを心から楽しんでいます。丸暗記ではなく、「なぜこうなるのか?」を言語化し、知識のデータベースを繋げる楽しさを知っているからです。

  • K君は、興味の赴くまま歴史を深掘りし、スマホの通知は放置。夜は推理小説を読み漁っていました(既読が遅いと友人からクレームが来るほどに)。
  • S君は、何でもできるスマホの誘惑を断ち切り、「電子辞書」という専門ツールで調べ事に没頭。小まめな休憩が苦手な自分の性格を分析し、「今日は3時間やり切る」と決めて一点集中していました。
  • H君は、ゲームもするけれど、自分が興味を持ったことは「納得して説明できる状態」になるまでとことんやり抜き、今日やるべきことを絶対に明日に回しませんでした。

日常でも勉強でも、常に「なぜ?」と問いを立て、自分が納得するまで調べ、自分の言葉で他人に説明する。これこそが、予測不能な社会を生き抜くための最強の武器です。

そして、この「言語化し、納得するまで試行錯誤する力」は、私たちがスマイルコードで提供しているプログラミング学習の根幹と完全に一致しています。エラーが出た時「何行目の、どの処理がおかしいのか」を言語化し、原因を探る。このプロセスそのものが、あらゆる学びの土台になるのです。

保護者の皆様へ

今日から、「宿題やった?」という言葉を少しだけ引き出しの奥にしまってみませんか? そして代わりに、こう聞いてみてください。

「今日はどんなことを調べたの?」 「それについて、〇〇はどう思った?」

お子様に「自分の言葉で説明させる機会」を作ってあげてください。 スマホやパソコンの使い分けも、「ダメ」と禁止するのではなく「何のために、どのツールを使うのが最適か」を親子で話し合い、本人の言葉でルールを言語化させてみてください。うまくいかなかった時のやり直し方も、一緒にシミュレーションしておくとなお良いです。

これらの積み重ねが、子どもたちの「自分で自分をコントロールする力」を育てます。

スマイルコードは、ただパソコンの操作やコードの書き方を教える場所ではありません。子どもたちが「自分の頭で考え、自分の言葉で語る」ための土台を作る場所です。

これからも、子どもたち一人ひとりの頭の中で「データベースが繋がる悟りの瞬間」を、全力でサポートしてまいります。


【おまけ:本物の学力を育む、『なぜ?』の木】

ちょっとした遊び心で、この記事の内容をAIに読み込ませて、記事の内容(言語)を画像化(視覚化)してみました。

(※ここにイラストを挿入)

中央にそびえるのは「知識の木」。その枝には、彼らの成長を支える「なぜ?」「納得」「言語化」という3つの果実が実っています。

  • 左側(K君): 「ドイツ」の本から始まった好奇心が、「フランス」へと次々に広がっていく様子。
  • 中央(S君): 真剣な表情で電子辞書とノートを使い、疑問を一つずつ言葉にして深く考えています。スマホは遠くのテーブルに伏せてありますね。
  • 右側(H君): パソコンの前で目を輝かせて「あ、なるほど!納得!」と、自分の発見を語っています。

そして、この「知識の木」を優しく見守り、土壌を育むのが、保護者や教育者の「手」です。「見守り」と「確認」。これこそが、教育の本質ではないでしょうか。