偏差値トップクラスの生徒たちに共通していた「究極の学習姿勢」

なぜの木

こんにちは。スマイルコードの徳増です。

先日、難関校に合格したK君、S君、そして高校進学後にトップの成績で活躍しているH君の3名に、普段の学習や生活についてじっくりとヒアリングを行い、共通点を探しました。

「宿題を早くやりなさい!」は言わない?

「宿題やった?」

「早くやりなさい!」

「なんでまだやってないの!?」

ご家庭で、ついこんな言葉をかけてしまうことはありませんか?

親心としては当然の焦りですが、実はこの声かけが、子どもの伸びしろを奪ってしまっているかもしれません。

H君のご家庭のアプローチは非常に興味深いものでした。

ご両親は「宿題を早くやりなさい」といった命令や追及は一切していませんでした。

「今どこまで進んでいるの?」という「進捗の確認」はするものの、親からのコントロールはしていなかったようです。

3人の共通点を探す

一見すると、彼らのタイプはバラバラです。

K君とS君が受験ギリギリまでスマイルコードに通っていて、

H君は塾にいかずに受験直前までスマイルコードに来ていました。

正直、私の方が「うちより塾に行った方がいいんじゃないか?」と心配したくらいです。

K君のご家庭は幼い頃から自分でできることは自分でやるという教育方針だったようで、

自分で考えて工夫する、切符の買い方も電車の乗り方や降りる駅なども自分で判断させていたようです。

K君もS君もいつも休みの連絡など予定はすべて自分の口から言ってきていました。

おそらくそういう教育方針だったのかなと思います。

二人ともすこしおっちょこちょいで抜けているところもあり可愛いのですが、

自分で出来ることを中学校までの間に身につけていた様に思います。

忘れ物をした時は送迎ではなく自分一人で取りに来ていました。

忘れ物をすると大変な思いをする。という事も学んだのだと思います。

子供の頃から一人の「人間」として扱われている

彼らは「子供」という扱いではなく、「人間」として親が向き合っている様に感じました。

もちろん全ての局面ではないと思いますが、

自分で決めた事、始めた事への責任は自分で取る。

そして親もそれを認めている。という状況が共通している様に感じます。

結果として、全ての起こりうる結果が自分の責任である。ということを自然と身につけ、

失敗も成功も親が認めているという事です。

つい、「何やってるの!」「しっかりしなさい!」「なんでまた忘れたの!」と叱りたくなる場面ですが、

「自分で決めてやっていることだから自分で責任を取ればいいんだよ」という方針は、

親から自分が人として認められている土台になります。

彼は学習方法も自分で考え、自らのペースで学習を続けてトップクラスの成績を掴み取りました。

学習面での共通点

タイプも学習環境も違う彼らですが、私と話している中で、明確な「共通点」があることに気がつきました。

彼らは全員、「自分の頭の中を言語化する能力」が高いのです。

うちの教室でも問題に直面した時、彼らは決して「わからない」「面倒くさい」と投げ出すことはありませんでした。

私からの説明を受けても「へぇ、そうなんだ。」で終わらず、「これはこういう事ですか?」と質問ではなく理解の確認を求めてきました。

教室でよくある「先生、わかりません!」という質問。

何がわからないかを知る必要があるので、先生は毎回具体的に何がわからないのか質問をすることが必要になるのですが、彼らは「ここまでは分かるけれど、この部分がなぜこうなるのかが分からない」と、自分の現在地を言葉にして説明できるのです。

教室では「質問よりも確認」を大切にするように指導しています。

この方が、圧倒的に回答をしやすく、本人も求めている知識を無駄なく手に入れることができ、関連した情報や日常に置き換えて説明をした時には「なるほど」への到達のスピードが圧倒的に早い様に感じました。

難しいことを難しく伝えるのではなく、相手の理解に合わせて説明できるかどうかも大切です。

彼らはこの大切なことを、日常生活から授業の中まで全ての局面において、

興味を持った事に対して常に疑問を持って理解(言語化)できるまで取り組んでいるのです。

Aの理解がBの理解を誘発し、理解と理解が連動するのです。

先生との会話の中でもお互いの理解を確認、交換しあうコミュニケーションも見られました。

新たなCの理解がDの理解を誘発するため、理解と理解が連動するのです。

プログラミングの世界にはデータベースというものがあり、色々なデータを区分けして一つの入れ物に入れていきます。

データをしまうタンスの様なものです。

データベースA(タンスA)とデータベースB(タンスB)の繋がりを作るリレーションシップという仕組みがあります。

タンスAにはトップス、タンスBにはボトムスをしまっているとします。

トップスとボトムスがセットになっているコーディネイトがあるとします。

例えばスーツなどです。(スーツはタンスにしまわない。という話はここでは置いておいて)

トップスとボトムスそれぞれのタンスからセットになっているものを探さなければならないので、

ぐちゃぐちゃになってしまうかもしれません。

ここで、トップス、ボトムスそれぞに「001」という同じタグをつけておきます。

トップスを手に取った時点で、「001」というタグのついたボトムスをタンスから迷わず探すことができます。

この「タグをつけるという行為」をリレーションシップといいます。

記憶をデータベースと捉えれば、データベースごとにリレーションシップを作ることができれば

記憶の連動が始まります。

ドイツのデータベースにフランスのデータベースが繋がります。

ドイツというデータベースに数学や化学のデータベースもリレーションシップを作ることができるかもしれません。

こうして理解が連動しはじめると学ぶことが止まらなくなり、

ひとつの理解がまた別の理解を深めるきっかけになると私は考えています。

誰かに評価されたいという軸ではなく「自分がそうしたい」という自分軸になっている事も大切だと思います。

興味を持った1点を掘り下げていくと、そこで広がった穴が、また別の穴と繋がる感じです。


授業の後にでも自分が心から「納得」できるレベルに落とし込めるまで、色々なパターンを試したり、周辺知識を調べたりと、とことん向き合います。そうして答えに辿り着いた時、彼らは決まって私に「なぜその答えに繋がったのか」を嬉しそうに説明してくれました。

ここからは、日々子どもたちと向き合う私の意見です。

よくテストで点を取るために「丸暗記」をすることがあります。私も苦手科目はこれで乗り越えていました。

私は学生時代は5教科250点満点のテストなら200点がスタートラインとして勉強に取り組んでいました。

社会(地理)が苦手だったので、暗記することでカバーしていましたが、点が取れてもどうしても好きになれませんでした。

大人になった今は哲学に興味が湧いて、哲学がきっかけでその国の歴史を調べています。

数学は友人に教えていたので、数学が苦手な人が理解できる状態の説明ができる状態まで一つの問題をいろんな角度で見ていました。

「なぜこうなるのか?」を言語化することができるかどうかまで、好きな科目は自然と取り組むことができていました。

大人になった今は哲学に興味が湧いて、哲学がきっかけでその国の歴史を調べていますので社会が好きになっています。

K君の事例

K君はドイツが好きで、ドイツの歴史について自然と深掘りしていきました。
その中で、フランスと繋がる瞬間が出てきます。そうするとフランスを調べずにはいられないのです。
そしてフランスを調べていくとイギリスが出てきます。するとその地点からイギリスの歴史を調べる様になります。

派生して調べていくのでなかなか先に進まないという側面もあるのですが、これこそが学びです。

この学びが深まっていく感覚が楽しくなってくると、1日の中でスマホやYouTubeの優先順位が必然的に低くなります。

スマホは毎日移動時間に通知をチェックする程度だったので、周りの友人たちからは

「既読になるのが遅いわ〜」とよく言われていたそうです。

夜寝る前にスマホを触ることはなく、本を読んでいたそうです。

推理小説系の本をよく読んだと言っていました。

苦手科目や暗記系は漫画で補ったそうです。

S君の事例

日常や勉強の中で興味を持ったことに対して深掘りして調べていたようです。

調べごとはすべて電子辞書で済ませたそうです。

K君と同じく、一つのことを深掘りして調べていくので自然と関連した情報を調べていくことになります。

S君はスマホは毎朝通知チェックする程度でほとんど触っていなかったそうです。

小まめに休憩を取ると集中が切れてしまう性格だとわかっていて、

やる時は「今日は集中して3時間やる」「絶対にこの3時間でやり切る」と決めて勉強に向かっていたそうです。

1日の勉強時間は平均3時間。

休憩はほとんど取らなかったそうです。

その代わり、この日は休み!と決めて休みの日はしっかり休んだそうです。

H君の事例

H君はとにかく興味があることを深掘りして言語化して説明できる状態(自分が納得する状態)になるまで、

とことんやっていました。

勉強とゲームはマイペースにしているようでしたが、今日やることを明日に回す様な取り組み方はしていないようでした。

スマホは持っていましたが、スマホよりも自分の興味のあることを優先しているようでした。

3人の共通点

「なぜ?」と問いを立て、自分が納得するまで調べ、試し、繰り返す。

自分の言葉で他人に説明する(仮想の人でも)力を養う。

——これこそが、これからの予測不能な社会を生き抜くための最強の武器になります。

そして、この「言語化し、納得するまで試行錯誤する力」は、私たちがスマイルコードで提供しているプログラミング学習と完全に一致しています。

プログラミングでは、エラーが出たときに「わからない」で思考を止めてしまっては、システムは絶対に動きません。「何行目の、どの処理がおかしいのか」「自分がどう動かしたかったのか」を言語化し、納得のいくまで原因を探り続ける必要があります。この過程が、そのままあらゆる教科の学習基盤、ひいては生きる力へと繋がっていくのです。

保護者の皆様へ、一つご提案があります。

今日から「宿題やった?」という言葉を少しだけ封印し、代わりに

今日はどんなことを調べたの?

それについて、どう思った?

と、お子様に「説明させる機会」を作ってみてください。

スマホやパソコンといったツールの使い分けも同じです。

「ダメ」と禁止するのではなく、「何のために、どのツールを使うのが最適か」を親子で話し合い、本人が本人の言葉で言語化する。

うまくいかなかった時のシミュレーションもしておくとより良いかと思います。

基本的にはうまくいかなかった理由を言語化してから「形(やり方)を変えてもう一度やり直す」という形になるとは思いますが。

これらの積み重ねが、子どもたちの「自分で自分をコントロールする力」を育てます。

スマイルコードは、ただコードの書き方を教える場所ではありません。

子どもたちが「自分の頭で考え、自分の言葉で語る」ための土台を作る場所です。

これからも、子どもたち一人ひとりの「納得」の瞬間を全力でサポートしてまいります。

なぜの木を育む

本物の学力を育む、『なぜ?』の木】

ちょっとした遊び心でこの記事に書いた内容をAIに読み込ませ、

記事の内容(言語)を画像化(視覚化)してみました。

なぜの木

中央にそびえるのは、「知識の木」らしいです。

その枝には、彼らの成長を支える3つの光輝く果実が実っています。

  • 「NAZE? (なぜ?)」
  • 「NATTOKU (納得)」
  • 「GENGOKA (言語化)」

この木を囲むように、ヒアリングした3人の生徒たちがそれぞれの探求方法で、この「果実」を掴み取ろうとしています。

  • 左側(K君): 「ドイツ」の本から始まった好奇心が、本の山や地図を伝わって「フランス」へと、次々に興味を広げていく様子を描いています。
  • 中央(S君): 真剣な表情で電子辞書とノートを使い、疑問を一つずつ言葉にして深く考えています。スマホは遠くのテーブルに画面を伏せて置かれています。
  • 右側(H君): パソコン(プログラミング画面)の前で、目を輝かせて「納得!」と、自分の言葉で発見を語っています。小さなロボットが動き出し、ゲームコントローラーは今は横に置かれています。

この「知識の木」を優しく見守り、土壌を育むのが、
保護者や教育者の「手」であり、教育の本質だと思います。